京成杯の思い出!岡田繁幸氏の夢が近づいた2008年マイネルチャールズ

重賞レースメモリアル
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先週の中山金杯でウインブライトを勝利に導いた松岡正海騎手。

2003年にデビューを果たし、期待のホープとして騒がれた時がありました。

2年後の2005年には早くもダイヤモンドSで重賞初制覇を飾り

同じ年にはG1騎乗を果たすなど、当時のデビュー組の中では最も将来を嘱望された男でした。

2006年には単身でアイルランドへ武者修行に出たり

とにかく若さ溢れるパワーと、持ち前の騎乗技術でどんどん図角を現してきたのが2007年~2008年頃。

松岡がいつG1を取ってもおかしくないという声も続出していました。

そして、その松岡と平行してそろそろクラシックの1つや2つは取ってもいい頃だろうと言われていたのが

マイネル軍団の総帥「岡田繁幸氏」でした。

その2つが1つの結晶となって現れたのが

マイネル史上、最もクラシックに手が届きそうだった馬「マイネルチャールズ」という馬でした。

 

なんせ、暮れの葉牡丹賞で2着と好走した後

当時はまだ2才のオープン競走だったホープフルS、京成杯、弥生賞と3連勝したんですよ!!

もう、これはダービーはともかく、皐月賞は当確だなぁと私も当時は思いました。




そのマイネルチャールズの調教師だった美浦の稲葉氏や

オーナーでもある岡田繁幸氏はとにかく自分たちの夢が一歩一歩近づいているという

最大の感触を当時は掴んでいたのではないかと思いますね

そして、脂が乗りに乗った松岡騎手が鞍上とくれば

鬼に金棒ではないかという、そういう空気が充満していたのが今にして思えば懐かしいですね

 

でも、何が悪かったのか結果は悪い方に転がってしまいました。

それから相当な年月が経って、当時のことを振り返ると

鞍上が松岡騎手でなければ少なくとも皐月賞は勝って種牡馬になれた馬だとか

もっと腕のいい調教師なら凄い名馬になっていたと思うとか

デムーロやルメールなら間違いなくクラシックを取っていたよ・・・

などという罵声が噴出していましたね。

 

でも、あの時の京成杯のレースを見ると

マイネルチャールズってホント強かったんだなぁと今でも思えるような内容でした。

そのマイネルチャールズは現在、誘導馬として第二の馬生を送っています。

 

一昨年のホープフルSでは先導役を努めるなど、立派に仕事をしていましたよ

一時は人々の様々な夢と希望を乗せて力強く走ったマイネルチャールズ。

間違いなくクラシックを取れる器だとしらしめたその時の京成杯をどうぞご覧ください。

 

 

 

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