有馬記念の思い出!名手田原成貴が泣いた1993年トウカイテイオー

G1レースメモリアル
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平成5年、西暦で言えば1993年のお話になります。

翌2019年は今の皇太子殿下が即位され

新天皇として新たな時代の幕開けになりますが

この平成5年はその皇太子殿下が雅子様とご結婚された年でもありますね。

 

スポーツ界では、大相撲で曙太郎が史上初の外国人横綱になった時でもありました!

サッカー界では「Jリーグ」というのが開幕した年でもありました。

「規制緩和」だの、FA(フリーエージェント)などというのが始まったのもこの年ぐらいからですね

そして、まだまだバブルの余韻が残っている中でこういう物が流行した時でもありました

ワンレン、ボディコン、お立ち台なんていう言葉が流行り

若かったあの頃の私も、ダブルのスーツを片手に

よく芝浦のジュリアナ東京や各地のディスコに踊りに行ったりしていましたよ(笑)

今思い返せば、まだまだ景気も良く、世の中も浮かれていた時代でしたね。

 

そんなさなか、競馬というのも前年には「馬連」というのが導入され、益々、盛んになっていました。

今でこそ、外人ジョッキーというのは当たり前になっていますが

当時はまだ外人騎手を日本で見掛けるのはそれこそジャパンカップの時ぐらい

強い馬の背中にも、地味な騎手が乗っているのも珍しくはありませんでした

「安田隆」といえば、あのロードカナロアを輩出したり

短距離での重賞で好走させる馬を色々管理している現調教師ですが

当時は騎手としては地味な存在で、大成という言葉には程遠いぐらいあまり活躍が出来なかったですが

そんな地味な騎手にも最後の最後に良い馬が巡ってきました

その馬の名前はシンボリルドルフの子供「トウカイテイオー」。

この馬のお陰で当時の安田隆は皐月賞、ダービーという2冠をもぎ取り

華々しく騎手を引退していったのです。

 




 

その後、脚部不安で3冠目が掛かった菊花賞は断念しましたが

翌年は当時の名手岡部幸雄に乗り変わり、父と同様にビクトリーロードを歩むかと思いきや

大舞台で思わぬ敗退を喫することが幾度となくありました。

でも、負けた後には必ず強い競馬をして勝つというところに愛着が感じられたのか

このトウカイテイオーという馬は人気が高かったですね

4才の秋には父と同様にジャパンカップを制するなど頂点を極めましたが

その年の暮れの有馬記念では1番人気に支持されるも

思わぬ伏兵たちに足元をすくわれ、デビュー以来最低の11着という結果に終わってしまいました

 

もう、トウカイテイオーはこのまま引退してしまうのか?

できれば、あの華麗な走りを再度見たいという競馬ファンの願望が強い中

テイオーがなんと365日ぶりに姿を現したのが前年に汚点を刻んでしまった有馬記念でした。

1年の休み明け、好走するということは常識では考えられないことでもありました

しかし、トウカイテイオーという馬はやはり並みの馬ではありませんでした

菊花賞を勝ってさらに勢いづいていたビワハヤヒデを退けて

1年ぶりのレースで奇跡の復活を成し遂げてしまったのです。

中山競馬場のゴール版前で観戦して私もとにかく驚きと感動の連続!

やっぱり、トウカイテイオーは強い馬でした

さらに印象的だったのは跨っていた当時の名手田原成貴の勝利ジョッキーインタビュー。

目に涙を浮かべたあの男泣きは今でも忘れられません。

幾多の名勝負が繰り広げられてきた有馬記念の中でも

このトウカイテイオーの復活劇というのは多くの競馬ファンの胸に刻まれていることでしょう。

駄目だ、駄目だと言われても、負けた後には必ず強い競馬をして勝ってくれる

あのトウカイテイオーの最後の勇姿となった有馬記念をどうぞご覧下さい。

 

 

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